2020年6月9日火曜日

大好きな叔母が亡くなった


叔母が大切に守った家

 先日、母の弟の奥さんが89歳で亡くなりました。

通夜葬儀と一連のお弔いを済ませて、つくづく昭和の長男の嫁の大変さ

を再認識しました。

叔母には、小さい頃からお世話になりっぱなし。

母は、私が小学校に行く頃になると、姉と二人祖母の家に夏休みの間中

預けるのです。

母は楽ですけど、嫁である、叔母には迷惑な話やったと今から考えると

思う。

叔母は、私達に生まれたての卵で美味しいカステラを作ってくれたり、

大根を薄く桂むきにして砧巻きなど、珍しい料理を作ってくれたり、料

理好きで若くて優しい人でした。

ある日なんか、叔母の子供つまり従兄弟と喧嘩して、私が悪かったのに

も関わらず、叔母は自分の子供が悪いと言って、息子に説教していて、

心苦しかった思い出があります。

私にはまね出来ません。

葬儀の日、夫である叔父が、「あいつはなー、18で嫁に来て百姓ばか

りさせられて、途中嫌になって実家に帰ったこともあるんやー。苦労し

っぱなしやったわー」って他人事のように言うから、「叔父さんかて、

教師やったんやから、夏休みとか日曜とかに手伝えばええのにー」とか

言ったら、「他に仕事もあったしなー」やって、もー。

そんなこんなで、高齢になって、やっと農業から開放されたら体がくの

字に曲がって、腰痛や、足が痛いやら、動けなくなったら、施設に入っ

てそのままで終わってしまって。

こんなこと言ったら、叔母に悪いけど、あの時代の嫁はやはり労働力や

ったのかなー。

長男の嫁として男の子二人生んで立派に育て、孫もひ孫にも恵まれ、そ

れはそれで良かったのだろうけどなー、なんだかなー。

よー頑張りはったわー。














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